【こころの歌】オーラ・ソレダ(孤独よ、こんにちは)



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Hola Soledad (Bolero 1972) / Roland La'Serie
孤独よ、こんにちは / ローランド・ラセリー



Hola Soledad(孤独よ、こんにちは)
オーラ・ソレダ
あなたの存在に驚きはしない
あなたはいつも私と一緒にいます
古い友人があなたに挨拶する
この集まりはもう一つの.....
オーラ・ソレダ
今夜あなたを待っていました
何も言わなくても
私の悲しみはとても大きい
あなたはすでに私の痛みを知っている
私は傷ついた鳥です
巣の中で一人で泣いている
飛べないから
だから私はあなたと一緒にいるのです
孤独よ、私はあなたの友達です
話をしましょう
オーラ・ソレダ
あなたの存在に驚きはしない
あなたはほとんどいつも私と一緒にいます
古い友人があなたに挨拶する
この集まりはもう一つの.....

私は傷ついた鳥です
巣の中で一人で泣いている
飛べないから
だから私はあなたに話しているのです
孤独よ、私はあなたの友達です
おしゃべりしましょう
オーラ・ソレダ
今夜あなたを待っていました
何も言わないで
私の悲しみはとても大きい
あなたはすでに私の痛みを知っています
オーラ・ソレダ......
             (歌詞意訳)



ローランド・ラセリーについて

 ローランド・ラセリーは1923年8月、キューバ、ヴィジャ・クララのマタで生まれた。
 音楽の道を目指した当初は靴職人をしていたが、9歳の頃にティンパニーを学んだこともあって、一時期サンタ・クララの市立バンドで打楽器奏者をして過ごしていた。やがて20歳の時、打楽器奏者としてアルカーニョ・マラビージャス管弦楽団と共演。1946年からは ハバナで打楽器奏者として働き、その後はベニー・モレのジャイアント・バンドでティンパニーとコーラスを担当するようになった。
 当時、ハバナではジェマ・レコード・レーベルのオーナーだったエルネスト・ドゥアルテ・ブリトーとアルバレス・グェデス兄弟がボレーロ作品のアルバムを制作していたが、それほどの成果を得られずにいた。そこで次の新作で勝負すべく、エルネスト・ドゥアルテ・ブリトーが白羽の矢を立てたのがローランド・ラセリーだった。ローランドは、それまでボレーロ、グァラーチャ、ソン・クバーノ、ソン・モントゥーノ、タンゴ、ボレーロ・ソンなどを得意とする歌手でもあった。
 このアルバムは、レーベル・オーナーのエルネスト自身がキューバのジャズバンド特有のサウンドにアレンジし録音。中でもここで採り上げたパリート・オルテガ作曲の作品『孤独よ、こんにちは』は高い人気を博した。
 ローランドは、生涯に30枚以上のアルバムを録音。キューバ革命後はヴェネズエラに移住。その後マイアミに移り住み音楽活動を続けていたが、1998年11月、フロリダのコーラルゲーブルズで75歳の生涯を閉じた。(Fin)


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